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私を変えた境界線を越える世界と、新しく価値を創造すること Backpackers’ Japan代表・本間貴裕インタビュー【前編】日本橋エリアを盛り上げる強者たちの挑戦

上野、蔵前、京都の3つの町でゲストハウスを運営しながら、東日本橋エリアに新しい施設をオープンをする予定の株式会社Backpackers’ Japan代表取締役 本間貴裕さん(以下 本間)の対談をご紹介します。(インタビュアー:YADOKARI 熊谷賢輔)

本間貴裕さん プロフィール
大学3年の春に渡豪。オーストラリアを一周中に、帰りの飛行機代までをみごと使い果たしてしまう。やむなく路上で音楽パフォーマンスをし、稼ぎながら旅を続ける。帰国後は2つの学生団体の代表を務める。大学を卒業してから起業を決意。個人事業でたいやき屋をオープン。そこでの得た資金を元に2010年2月に株式会社Backpackers’ Japanを創業。同10 月より東京は入谷にてゲストハウスtoco.を開業。2012年9月にゲストハウス2号店となるNui. HOSTEL & BAR LOUNGEを蔵前に、2015年3月に3号店Lenを京都にオープンし、現在は4店舗目を東日本橋で準備中。

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初めて目にする国境を越えた世界

熊谷 本日は宜しくお願いいたします。まずはじめに、ゲストハウスをやろうと思った経緯を教えていただけますでしょうか。

本間 理由は2点あります。1つめは国境を越えて、様々な人が集う空間を見て大きな刺激を受けたことです。今から10年前、大学3年生の時に英語の勉強を兼ねて、オーストラリアに1年間の旅をしにいきました。語学留学ではなく、旅をしながら色々な人たちと話をしながら勉強をしようと。

ところがオーストラリアに行った初日にアクシデントがありました。紹介してもらった家に行くと、家が洪水によって浸水していたために、泊まれる状況ではありませんでした。学校も決まっていないし、片道キップしか持っていなかったので、いきなり途方に暮れてしまいましたね(笑)そんな絶望的な僕の顔を見てなのか、旅慣れた人がすぐに声をかけてくれたんですよ。その方が泊まっているユースホステルを紹介してもらい、なんとかなりました。

声をかけていただいた方と一緒にユースホステルの入口までいき、ドアを開けた時です。目の前のキッチンでは、ビールを片手に欧米人、アジア人、地元のオーストラリア人など、国籍関係なく凄く盛り上がっていました。僕にとって、その時の映像が旅の中で1番インパクトがありました。それが1つ目の理由になります。

熊谷 楽しそうですね(笑)本間さんにとってユースホステルの衝撃はそれだけ凄かったのですね。

本間 僕は福島県の会津若松出身なんですけど、20歳まで外の世界に出たことがありませんでした。オーストラリアの旅が初めての海外であり、大きな不安もありました。そんな気持ちが周りに伝わったのか、宿で接する人たちがとても優しかったのを覚えています。

当時の僕は、テレビを通して見る政治や経済といった側面からの世界しか知りませんでした。しかし、実際にはユースホステル内で目にした世界では、黒人・白人・アジア人が分け隔てなく楽しんでいる光景が広がっていたのです。「なんだ!テレビで見るよりも単純じゃないか!」と思い、とても面白く感じました。

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やらされるのではなく、自らが価値を生み出す仕事

熊谷 その時にはゲストハウスをやろう考えていたのですか?

本間 その時点では全く考えていませんでした。ゲストハウスが楽しくて、泊まり歩いていた感じです。そして2つめの理由は、自分でお金を稼ぐ魅力を知ったことです。僕はオーストラリアの旅で、バスを使って28都市を周りました。そんな中カジノにはまったこともあり、お金を使い果たしてしまいます。新たにお金を稼ぐために、レストランや、フルーツピッキングといった働く方法もあったのですが、それ以外に何か面白いことができないかと考えました。

そんな時に、町で意気投合した日本人と一緒に路上で音楽をやろう!ということになったんです。いざ演奏してみると、汗水垂らしながら一所懸命4時間演奏して、初めて手に入れたギャラが4ドル。少なすぎる額ですが、それがとても嬉しかった。なけなしの4ドルを握りしめて買ったチョコレートパンの味は忘れられません。自分の力でお金を稼ぐ魅力に気付かされたのが、2つめの理由になります。

熊谷 チョコレートパンの味は今でも鮮明に思い出しませんか(笑)自分で何かやるというのは、何かを生み出すということでしょうか?

本間 僕が考えるのは、自ら仕掛けていくということです。始めは4時間で4ドルでしたが、工夫を重ねていった結果、1時間で100ドルを稼げる日もあったんです。2人だけでの演奏だったので、時間が経つにつれて、使える楽器や、踊れる人、チームも増えていきました。時には盲目のオーストラリア人や、日本人で三味線をかついで旅をしている人、地元のフレアバーテンダーなど、たくさんの人たちともセッションをすることもありました。最終的には、シドニーのオペラハウスの前で踊って演奏をしていました。そこまでのプロセスが本当に面白かったかったんです。

熊谷 ずいぶん稼げるようになったんですね。そのような活動は本間さんが主導でいくのですか?

本間 そのようなことはありません。あくまで自然発生だったと思います。路上で演奏をしていると、嫌でも目立ちますしね。最初はゲリラでやっていたんですが、途中からライセンスを取得して、少しずつオフィシャルになっていきました。創意工夫をすれば、仕事はどんどん面白くなるし、稼げるようになると。

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オーストラリア旅の経験が熟成されるまで

熊谷 とても濃厚な体験をされたんですね。旅を終えてすぐにゲストハウスをやろうと思ったのですか?

本間 実はそこまでいくのに4年かかりました。今でこそまとまった話をしていますが、旅の最中は、すぐにでも日本に帰りたかったのが正直な気持ちです。帰ってきた時は、もう旅には行かない!と思っていました。しかし、半年が経つと、旅の感覚が戻ってきて身体がうずいてくる。一生懸命に生きていた旅の経験が、遅れて温まってきたんだと思います。

そこから何かやりたいと思うようになり、その頃学生だった僕は、学生団体を作りながら試行錯誤をしていました。実は、その時のメンバーが今のBackpackers’ Japanのメンバーでもあります。就職活動はしましたが、僕が進みたい方向とは違うと感じました。その時はすでに、オーストラリアの旅前に目指していた高校の先生になろうとする気持ちもありませんでした。

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僕らは宿泊業者ではなく「ラウンジ屋」

熊谷 現在の方向性に至るまでに紆余曲折があったのですね。Backpackers’ Japanのコンセプトである「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を。」とありますが、境界線に定義はあるのでしょうか?

本間 僕らが考える境界線に定義はありません。そもそも境界線は、本来人同士には存在しないと思っています。強いていうのでしたら、個人の背景、国籍や思想、年齢、職業など。人それぞれに背景があり、その見えない境界線を意識せずに、皆が楽しく話せる空間を作りたいと思っています。

僕らは宿泊がメインではなく、人が集まるラウンジを重要視しています。最終的には外から見るラウンジの景色が僕らの答えだと思っています。そのために、今回の東日本橋の物件では1階床を抜いて、地下1階のラウンジの天井を高く見せるようにしています。

熊谷 空間の狭さを全く感じませんね。

本間 僕もそのように思います。実はこのアイディアは、僕たちで考えたものではなく、今回の事業の物件オーナーからのアドバイスでした。僕らのこれまでの施設は、古くて味があるものを好んでいました。そのために、東日本橋の物件を初めて見た時は、スッキリして小綺麗だったので、好みとは違うものでした。せめてラウンジの天井が高くなればと、僕が悩んでいると……

「それじゃあ、1Fの床を抜いて、天井を高くしましょう!」

と。この一言で今回のプロジェクトを進める決心をしました。もちろんアドバイスだけでなく、一緒にリスクをとっていだけることにも感銘を受けました。完全に心が動かされた瞬間でしたね。

今までの施設であるNui(蔵前)やLen(京都)は、僕たちからの動機で動いていましたが、今回はオーナーからのアイディアと、この街をより良くしたいという想いに賛同してのプロジェクトです。他の方からのバトンをもらいスタートするのは初めてであり、僕らにとっては、それがとても大事なことなのです。その思いを大工さんや、僕らのスタッフにも伝えていこうと強く思っています。

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順風満帆なサクセスストーリーだけではない!

これだけ聞くと順調に事業を拡大しているように感じます。しかし、Backpackers’ Japanは、簡単にここまで成長してきたわけではありませんでした。

後編は、どんな場面で逆境を乗り越えてきたのかと、今後の方向性や東日本橋の活性化について話を伺いました。(近日公開予定の後編に続く)

株式会社Backpackers’ Japan

運営施設
東京ゲストハウスtoco. / Nui.HOSTEL & BAR LOUNGE / Len 京都河原町 /

日本橋 新施設「4th BRANCH 東日本橋」
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